月影 輝(ツキカゲ テル)

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  しかし、僕がどんなに考えたって、腕に収まる銀色は、何も語らない。ただ黙々とその役割をまっとうしているのだ。 『人間も機械だったら良いのに』 一体何度そう思った事だろうか? 信号は青に変わり、周りの人は一斉に動きだす。少しフライング気味の若者。くたびれたスーツを着た中年男性。香水の匂いを辺りに撒き散らす女性。学生服をまとった集団。 こんなにたくさんの種類の人がいるのに、お互いに感心を持つ確率というのは驚く程低い。 喜怒哀楽 自分の半径1mでそれぞれが違う世界を作っていて、それぞれが互いに干渉しない。 それはまるで歴史で習った鎖国のようで、この町、世界で生きていく為の必要な行為。そして僕もそれに組み込まれている。 だが不思議な事に、この必要な行為は、間接的なコミュニケーションの場合は適用されないらしい。 僕の仕事上、間接的コミュニケーションというのは避けては通れないし、避ける気もない。 手紙、メール、電話…… 何故だか鎖国されていても、何かしらのワンクッションがあると人は互いに干渉しあえるのだ。 関係の無い2つの歯車の間に歯車を入れれば動くように…… そう考えると、人間は少し機械に似ているかもしれない。 人の波にのまれながら僕は前へ進むのだ。僕だけではない。周りの人間だって皆同じのはずだ。誰も動かなければ自分も動かない。 横断歩道を渡った先。見上げるようなビル達の隙間に1つだけある小さな建物。 誰もが素通りするようなそこは、笑えるくらい周りに合っておらず、なんだかマヌケだ。 その壁に埋め込まれている看板には、丸みを帯びた不思議な字体で『御伽屋』と書かれていて、名前だけ見たら、なんの店かさっぱり分からない。 此処が、僕の職場だ。  
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