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雨は、あの町を思い出させる。
眩しい思い出に彩られた、あの町を。
溜め息まじりにキッチンへと移動した久孝の背後で、ふいに菖の声が響く。
「久さあ、出かけるところだったんじゃないの?」
風呂場からひょいと顔を出して、菖は脱衣籠にかけてあったバスタオルを引っ張り込む。
「ああ。煙草切らしちゃってさ。でも、まあいいや。もう面倒臭いし」
「買い置きなかったっけ?珍しいね。でも、そのくらいの方がいいよ。久、このままじゃ絶対、肺癌とかになるもん」
首にかけたタオルで濡れた髪を拭きながら、菖はキッチンに立つ久孝の手元を覗きこむ。
「いい匂い。何つくってるの?」
「鳥とレンコンとこんにゃくの照り煮。小腹すいたから。食う?」
「食う!」
菖はいそいそと冷凍庫に向かい、冷やしてあったギネスの缶を二本取り出し、片方を久孝に手渡す。
「で?俺が肺癌だったら、お前は痛風にでもなるってわけ?」
「そんなに飲んでないじゃん。もうっ」
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