two years ago

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目指すは懐かしい故郷。 無我夢中で何日も何日も走り続けた。 故郷は遥か彼方の山の向こうだった。 10歳の子供が何日かけても行き着ける距離ではなかった。 2ヶ月が過ぎた頃、私は故郷に似た港町に辿り着いた。 屋敷を出るとき幾らかの金を持っていたが、それも底が見え始めた。 野宿をし、僅かなパンで餓えをしのいだ。 釣りが得意だったことが幸いした。 日雇いで小さな漁船に乗り込み、漁師の仕事を得ることもあった。 仕事の無い日は絵を描いて売った。 ある日のこと。 手持ちの絵が全て売り切れ、気分を良くした私は歌いながら港へと向かっていた。 歌は好きだ。 歌っている時は母のことを想っている。 記憶にないが、母の歌声だけは覚えているような気がする。 「キミちょっと」 「おいらを呼んだ?」 「素晴らしい歌声だね」 声を掛けてきたのは、旅回りの楽団の座長だった。 旅回りといっても、広く欧州全土で活躍する有名な楽団で、私も名前を知っていた。 「キミの歌声は神の声だ。私たちの楽団に入ってみないか?キミならスターになれるよ」 スターになんか興味はなかった。 ただ、独りの暮らしが寂しかった。 共に生活をする仲間が欲しかったのだ。 そして、いつか故郷に帰る夢を持つだけで私の心は満たされた。 楽団に入り1年が過ぎた。 座長が言ったとおり、私は楽団のスターとなっていた。 どの公演でも、人々は私の歌声を“神の声”と賞賛した。 “罪の子”であった私が“神”と呼ばれたのだ。 運命とは皮肉なものだ。 神の声の評判は法王へも届いた。 楽団は宮廷に招かれ、私は法王に歌を献上した。 私と私の歌声を気に入った法王は、その場で私への愛を誓った。 また…深い罪に…。 法王様は私を愛してくださっている。 この暮らしに不満など無い。 卑しき身の私を愛して下さる法王様に不満など…。 ただ懐かしきは故郷の空。  
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