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今夜は満月。
アヤも月を見てるかな。
**side Majune**
アヤがイングリッドに戻って1年が過ぎた。
何度か文が届いたけど、読み書きが苦手な俺は簡単な返事しか出せない。
『ジプシーに学問は必要ない』
親父はそう言った。
そうだな。
俺もそう思う。
必要なのは芸だけ。
踊りで生きていく。
それが俺の人生だから。
『水ってさ。流れを止めると腐るんだよ』
アヤが言ってた。
俺たちは流れる民。
親父が嫁をもらえと言う。
相手は12歳。
ジプシーは早婚だがら12歳は適齢期。
だが、俺自身が未熟なせいかそんな気分にはなれない。
妹のメロも12歳。
メロはアヤが好きだ。
叶わぬ恋。
身分違いの恋。
俺たちジプシーには、誰とだって身分違いなんだ。
誰とだって…。
それが俺たち。
ジプシーの宿命。
アヤの母方は王家の血筋。
あれはアヤが7歳で俺が5歳の秋だった。
俺たちが河原で踊りの稽古をしていると、目の前に立派な馬車が現れた。
乗っていた男は馬車の窓から俺たちの踊りを一瞥し、また馬車を走らせた。
その夜、親父から、俺たちが兄弟ではないと聞かされた。
アヤも俺も、親父の言葉が信じられなかった。
ずっと兄弟だと思っていた。
俺の兄貴はアヤだけだったから。
アヤの弟は俺だけだったから。
アヤは王室と血縁関係にあり、アヤの存在を疎ましく思うヤツらから命を狙われる危険があった。
それで、俺たちの家族に預けられた。
イングリッドから離れ、旅の暮らしをすることにより、アヤを狙うヤツらの目から逃れた。
翌日の早朝、アヤは昨日の馬車に乗せられてイングリッドの家に帰っていった。
ずっと一緒だったアヤ。
アヤの居ない毎日がたまらなく寂しかった。
その後、アヤはイングリッドと俺たちの間を行き来する生活を続けていた。
アヤが寄宿学校に行くようになると、長期休暇の都度に戻って来てくれた。
会うたびにアヤは大人になっていた。
都会の匂いがする大人に。
昨年、アヤは学校を卒業した。
それを最後にジプシーの生活も終わらせた。
ジプシーのアヤは、俺の兄貴は…もういない。
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