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十六夜の月。
この月を見ると父を思い出す。
**side Sarsh**
「公爵さまぁ?」
「なんだ?」
「月ばかり観てらっしゃるのね」
「ヤキモチか?そなたの方が美しいぞ」
気持ちのこもらない言葉を平気で吐ける自分自身にヘドが出る。
本気で人を愛せない我が身。
こうやって毎夜のように情事を繰り返すが、相手に対して愛など欠片も無い。
やはり穢れた身だ。
私を相手に情事に耽るメスブタたちよ。
お前たちにもヘドが出る。
私は法王様の寵愛をこの身に受けているのだ。
そなたたちメスブタなんぞに私の愛をやれぬ。
「公爵様をお慕いしております。公爵様の御心を頂戴しとうございます」
「愛は望まぬと言ったではないか?」
「あの時はそう思ったのでございます」
「調子が良いな。そなたの亭主と決闘などしたくないぞ」
「いっそのこと、主人を殺してくださいまし。そして私は公爵様と。ウフッ」
ああ、メスブタの本性が現れた。
だから女は穢らわしい。
「私はそなたを愛しておらぬ。亭主と仲良くなされよ」
「イヤです。私はこんなにも公爵様を愛しておりますのに」
「愛?笑わせないでください。そんなものはマヤカシです。私は愛というものが、この世で一番嫌いなのです!」
「公爵様…!?」
「そなたとは今宵限りだ!とっとと私の前から消えなさい!」
「お許しください。二度と愛など口にしません」
「私に斬られる前に消えよ!いや。それでは剣が汚れる。私から消えます。ごきげんよう。モンターレ伯爵婦人」
「私は公爵様を心の奥から愛しておりました。公爵様ぁぁぁ!」
吐き気がする。
メスブタの香水のせいだ。
安っぽい女のせいだ。
メスブタめ!
香水の移り香にクラクラする。
このままでは気がおかしくなる。
少し、庭を散歩してから部屋に戻るとしよう。
十六夜の月か…。
父が召された日も今夜と同じ十六夜だった。
優しかった父。
鍛冶屋の父。
記憶の中の父は、私の知る父は、私をこの世で一番愛してくれた。
私が“愛”と信じるのは、父と母の愛だけだ。
「父ちゃん…会いたいよぉ」
今宵だけ。
十六夜の月の夜だけ。
私はリータに戻り亡き父を偲ぶ。
それくらいは許されるであろう…。
「父ちゃん…。父ちゃ…ん」
涙を流すのも十六夜の月の夜だけ。
この月の夜だけは許されるのだ…。
私には何も無い。
守るものも、愛するものも、この手の中には何もない。
私の心は空っぽだ。
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