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「サーシュ様。如何なさいました?」
「月を観ている」
「月でございますか?」
十六夜の月が雲に隠れた。
父が…。
「今夜は十六夜だ。父が召された夜なのだ」
「御父君の?サーシュ様が御家族のお話をなさるなんて珍しいですね」
「そうかもな」
アマーノにも話したことはない。
父のことは誰にも、この胸に深く閉じ込めている。
「どんな御方か伺ってもよろしいですか?」
「聞いてくれるか?」
「是非とも、お聞かせください」
父の夜だ。
アマーノになら語っても良いだろう。
私の心の奥深くにしまい込んだ思い出を少しだけ開いてみせよう。
「父は村一番の鍛冶屋だった。相手を傷つけるのではなく、大切な人を守る防具を作っていた。私には自慢の父だった」
今夜だけ。
アマーノに父の話をするのは今夜だけだ。
「私は釣りが得意で、父が作る防具と私の釣った魚を市場に持っていき、少ないながらも金を得ていたんだ。貧乏だが幸せだった」
「防具…ですか。実際、戦になれば武器にはかないません。相手を傷付けるのは、武器ではなく人間の醜い心なのです…。人間の…。ウッ」
アマーノの頬に涙が零れ落ちた。
「アマーノ?」
「申し訳ありません」
「何か辛い事を思い出したのだな。謝るのは私の方だ。すまぬ」
「サーシュ様のせいではございません。父を母を弟を…家族を思い出したのでございます」
「そなたの家族?」
「はい。今は無き故国の空を思い出したのでございます」
「今は無き故国の空か…」
私も故郷の空が懐かしい。
やはりアマーノも私と同じ境遇なのかもしれぬ。
「あっ!!アマーノ。もしや、そなたの故郷は…!?」
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