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アマーノ。
これがそなたの故郷か…。
**side Sarsh**
かつて、ストランドは緑の豊かな土地だった。
焼き討ち払われた荒野には一輪の花すら咲いておらぬ。
この地が戦場と化したのは10年も前のこと。
ストランドの民は国を追われ、多くはイングリッドに流れ着いたと聞いた。
王の家族は惨殺され、残された親族の消息も多くは不明のままだ。
10年前…。
私が故郷を出たのもその頃であった。
あの頃は楽しかった。
父と2人での慎ましやかな暮らし。
裕福ではなかったが、私の心は常に満たされていた。
アマーノにも、そんな幸せがあったのであろう。
ストランドをこのような荒れ地にしたのは法王様なのだ。
あの優しい法王様が、何故に残酷なことをなされたのであろう。
見よ。
10年が経った今でも、所々で焼けた煤の匂いが鼻を突くこの地を。
両の眼をしっかりと見開け。
これが、法王様のなされたことなのだ。
どちらも神の子ではないか。
惨い。
惨すぎる。
神は、兄弟を殺せと御命じになられるのか…。
「サーシュ様。あと半時程で陽が落ちます。そろそろ馬車へ」
「アマーノ。そなたを連れてきたことを後悔しておる」
「何を仰います」
「そなたに見せたくはなかった。すまぬ」
「私はお連れ頂き感謝しております」
「アマーノ。惨すぎるではないか。これは悪魔の仕業だ」
命辛々ストランドを出たアマーノが辿り着いた先は、見知らぬ森の奥深くにある小さな城だった。
主は旧教徒。
夫妻に子はなく、アマーノを我が子のように育てたそうだ。
育ての親は持てる愛情の全てをアマーノに与えた。
アマーノは今でもその恩義を忘れてはいない。
しかし、相手は旧教徒だ。
なんという不幸であろう。
アマーノという名は夫妻が付けた。
本当の名は“トーマス”だと教えてくれた。
トーマスか。
良い名だ。
だが、旧教の館で暮らすには本当の名は捨てねばならぬ。
私も…本当の名は捨てた。
私たちは似た者同士だ。
アマーノが何故に宮廷へ出仕したかを察した私は、彼の為に成せることを模索した。
恐らくは復讐の為であろう。
それでアマーノが救われるのであれば、私もその道を望んだであろう。
しかし、アマーノの心は決して救われはしない。
アマーノは既に彼自身ではないのだから。
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