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気晴らしに出掛けただけだった。
ただの見物のはずだった。
**side Sarsh**
北の街には3日程滞在する予定だった。
地方にしては大きな街ではあるが、長居をする場所ではない。
アマーノに荒れた土地しか見せられなかった。
彼の心情を思うと、ただただ心苦しい。
アマーノがこの地を離れたくないことも知っている。
長く滞在すれば、尚更その思いは増すばかり。
酷なことではあるが、アマーノの為にもロメリオに戻るのが最善なのだ。
当地では長旅に備えて身体を休めるだけのつもりであった。
だが、複雑な思いが私を苦しめた。
私とて、幼き頃に育った港町に戻ればアマーノと同じであろう。
父と暮らしたあの街には、取り戻せぬ思い出が多すぎる。
だから私はあの街には戻らない。
いや。
戻れぬのだ。
悪魔が足を踏み入れることは許されぬ。
幼き私が悪魔を拒む。
悪魔に汚されたくない私がそこにいる。
リータ。
そなたは私が憎いであろう。
私はそなたが眩しい。
だが…。
そなたも悪魔なのだ。
天使の顔をした悪魔なのだ。
宿に着き休息をとった。
陽は西に傾きかけている。
気晴らしに散歩でもしてみようかと思いついたのが全ての始まりだった。
夜の街には活気がある。
この先がストランドであることを忘れるくらいに賑やかだ。
人々の顔は笑みで溢れている。
ロメリオでは見掛けぬ光景に戸惑った。
「サーシュ様。この先の川辺でジプシーの一団が興行をしているそうです」
「ジプシー?」
正直、気が乗らない人種だ。
「行ってみましょう」
空には月が輝いている。
今宵は十六夜の月。
父の夜だ。
河原に着くと、篝火を囲む人々の姿が見える。
想像以上に盛況だ。
中心で踊るのは黒髪の少年。
漆黒の瞳に篝火が映る。
しなやかな体躯。
長い手足から繰り出される流れるような舞いは、ロメリオでも滅多にお目にかかれない。
情熱的な唇が私を誘う。
強い衝撃が身に落ちた。
身体の奥に熱い火照りを感じる。
十六夜の月の夜。
そなたと出会った。
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