鈴蘭、胡蝶、タナトス

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 健二の目が点になる。言われたことが理解出来てないのかな。 「……嘘、だろ?」  おっと、スズランに強い毒性があることを知っているなんて。やっぱり健二は博識だ。 「嘘なもんか。君だけのために僕が用意した特別なドリンクさ」  震える健二の手から離れたコップが、床に落ちてガチャンと音を立てる。 「あーあ、駄目だよこぼしちゃ。せっかく用意したのに」 「……お、お前知ってたのか?」 「……何を?」  僕はすっとぼけてやる。今更本当の事を言ったって面白くないじゃないか。 「それよりもそろそろお腹が痛くなってきたんじゃない?」  途端に健二は顔を真っ青にしてトイレに駆け出していく。 「もう、遅いよ」  僕は健二の背中を見送った。  健二がいなくなって一時間が経った。  僕は部屋の真ん中で仰向けに寝ている。  痛い。痛い。動きたくない。何も考えたくない。痛い。  日が暮れてきて部屋が薄暗くなってきても、僕は飽きることなく白い天井を見つめ続けていた。 「なんでだろ……」  僕は健二を殺せなかった。  入れたのがアオスズランだったから。  スズランには二つのスズランがある。  毒性があるユリ科のスズランと、毒性のないラン科のスズランだ。  そして、僕が入れたのはラン科のアオスズラン。  そんなもので健二が死ぬわけがない。  代わりに賞味期限を1ヶ月も過ぎた牛乳を飲ませてやった。  しばらくは下痢が止まらないだろう。いい気味だ。  初めから殺すつもりなんてなかった。  だって、君が死んだら唯が悲しむじゃないか。  僕は唯には甘いんだ。  この世で一番、唯が好きだから。  なあ、唯。  僕が死んだら君は悲しんでくれるかな?  天井から部屋の片隅の胡蝶蘭に視線を移す。  君のくれた胡蝶蘭は枯れていた。  僕の手からユリ科のスズランがこぼれ落ちた。
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