引き出しのタイムマシン

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引き出しのタイムマシン

 連休の初日は部屋で1人で過ごした。  溜まってた洗濯をしたり、いつもよりちょっとだけ気合いを入れて掃除をしたり、撮りためていたドラマを見始めたら目当ての俳優が一話早々に死んでいたので見るのを止めたり、手付かずの本棚を整理していて読みかけの本を見かけたからまた最初から読み直してみたけど結局同じ所で読むのを止めたり。  二日目はスーパーでトイレットペーパー、シャンプー、ビール、冷凍食品やらを両手いっぱいの袋でヤジロベイのようになりながら買ってきて――。  三日目になると途端に暇になった。  しかたないので、「正月くらい顔を見せるように」と「結婚相手はいるのか」をひと月に一回の電話で聞いてくる両親の住む、電車で二時間の距離なのに三年は帰ってない実家に帰ってみることにした。  あいにく娘の三年ぶりの帰省だというのに両親は父の会社の慰安旅行に出かけているようだった。そういえばどこかの温泉に行くという電話があったような気がする。  私の使ってた部屋は、私の出たままになっていた。半分がマンガ雑誌の本棚、スプリングの固くなったベッド、落書きの多い学習机……。  本棚の国語辞典と漢和辞典の間にそれはあった。  小さな鍵。  机の1番上の引き出しの。  今は何が入ってるかも思い出せない引き出しの、おもちゃみたいな鍵。  ここは慎重に開けなくては。タイムマシンになってるかもしれない。  机の1番上の引き出しの中には1通の封筒だけ。宛名も差出人もない真っ白な封筒。その中に便せんが1枚。  今よりちょっとヘタクソな文字が並んでる。  ちょっと大胆に 「好きです」って書いてある。  ちょっとウブで 「付き合って下さい」っては書けなかった。  そして、  ちょっと意気地ナシで渡せなかった。  もう、この宛名になるはずだった彼の顔も思い出せないけど、これを書いた夜のことを思い出した。  震える手を、  何枚も書き損じた便せんを、  その夜の冷たさと体温の熱さを思い出した。  机の1番上の引き出しには、  今よりもちょっと背が低くて、  今よりもちょっと世間知らずで、  今よりも純粋な私がいた。  確かに、机の一番上の引き出しはタイムマシンになっていた。
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