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十数分ほど進むと、来た道を振り返っても漁村が見えなくなった。折り重なる木々に隠されて道も見つからない。この辺りでいいだろう、と勝利は糸を取り出した。
ただの糸ではない。いわゆるピアノ線と呼ばれるものだ。一メートル強ほど出してから糸を切り、片端を足で、もう片端を右手で押さえ、ピンと張りつめさせる。
風はあるがうるさくない。さわさわと揺れる木の葉の音が聞こえるぐらいで、鳥達は皆休んでいるようだった。森の上には金色の月がかかっているはずだ。
左手を握り、人差し指だけを伸ばす。何かに引っかけるような形にしたそれで糸を弾いた。
高い音が響く。特別に訓練した人間でもなければ聞き取れないような音だ。しょうりは息を殺して音の反射を聞き取る。
コウモリやイルカは超音波で物のある位置を測るという。勝利が行ったこれも要するにそれだった。ただ彼らのように物のある位置を聞き取るのではなく、アヤカリの位置を割り出すためのものだが。
音が消えてから勝利はピアノ線を手に巻き、先ほどとは違う方向へと歩き出した。多分、こちらの方だ。歴代ビバルディと違って勝利はこういった繊細な作業が苦手なため、少しばかり自信がない。
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