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くるりと半回転し、ベッドに腰を下ろした。スプリングが軋む。
「はぁー」
湿気を帯びた溜め息を吐くと、プルタブを引いた。
溜め息を吐くと幸せが逃げる、と母がよく言っていたが、それは溜め息を吐いている姿を他人に見られると心証が悪くなるからなのだ、と最近では解釈するようにしている。
「つまり、溜め息を吐きまくっている」
もう一度溜め息を吐くと、缶ビールに口をつける。
若い頃は、飲酒など悪しき習慣だと思っていたが、いざ飲み始めてみると悪くはない。
日常の茶飯事から逃れる術を、佐生は今のところ、これしか知らなかった。
もう一口飲む。
アルコールが体内を駆け巡るのがわかる。だんだんと頭がぼうっとしてくる。佐生はあまり酒に強い方ではなかった。
ちゃぶ台のように低いテーブルの上に缶を置くと、スカートのチャックに手をかけた。
その時、携帯電話の着信音が鳴る。
無機質な電子音。友達には、お前には色気がない。着信音が良い例だ。といつも言われていた。
ぶるぶる震えながら着信音を撒き散らす携帯電話を、手に取る。
直感的に、母だ、と思った。
受話口に耳を当てると、溜め息なんか吐いてるんじゃない、と母が怒鳴り。そして通話が終わる。
そんな風になると思った。
酔っている証拠だった。
しかし、受話口から流れてきた声は、母はおろか家族でも女性のものでもなく。
「佐生か?」
武中の声だった。
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