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ドアがスライドした音と、こちらへと近づいてきた二種類の足音。
子供用の歩く度に音がなる靴と大人用の革靴の奏でるそれに私は全身で向きあった。
思った通り小唄ちゃんと西村さんで、特に西村さんの方は精神的に疲れきった顔で私に会釈をし、自販機に向かった。
小唄ちゃんは私のスカートの裾を掴んで、『ちょこちゃん』と引っ張った。
「…どうしたの?」
私が膝を折って視線を合わせると、彼女はその小さな口を開いた。
「ショコラ、ってなぁに?」
自分の笑顔が強張るのが分かった。でも、ここでうやむやにするのは許されないし、私もそうしたくない。
それに。黙ってはいるけれど、こちらに背を向けた西村さんも、答えを知りたいと思っているにちがいない。
私は笑顔を作り直して小唄ちゃんに――西村さんに、言った。
「ショコラっていうのはね、高校時代の私のあだ名だよ」
嘘ではない。そう呼んでいたのが、彼女だけだったとしても。
「こーこ?」
「高校は学校。来年小唄ちゃんの行く幼稚園の次の次に行くところよ」
小唄ちゃんはふうん、と呟いて、そのまま私の足を全身で包みこんだ。
それは甘えたい時や、寂しい時のこの子の癖。
「小唄ちゃん?」
「あのね、ママが」
「小唄」
西村さんが、小唄ちゃんに紙コップ入りのオレンジジュースを差し出した。
「パパ達は大事な話があるから。これを飲んでなさい」
小唄ちゃんは、パパを見上げて悲しい顔をしたけれど、すぐに紙コップを受け取って、自販機の前に並んだクリーム色のソファーにちょこりと座った。
私は小唄ちゃんがちゃんと見えて、尚且つ私達大人の話しが聞こえない位置に彼を誘導した。
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