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こつ、と額にぶつけられたワイングラスの冷たさに私は瞼を上げる。
どうやら少しだけ放心していたようだ。
「チョコたん、おねむでちゅかー?」
酔っ払いのテンションで日比野さん――なみきがけらけらと笑う。
彼女が今日持参したのは、甘口のフルーツワインだった。
気紛れに立ち寄ったワインバーで手に入れたらしく、初恋の味がするというのが売りでするすると喉を滑っていく。
「…なみき、あんた幾つ?そのノリは痛いぞー」
「うるしゃー!」
キイキイ言いながら私のグラスにワインを更に注ぐ。
ちょっと、これ以上は明日に障るじゃないの!
文句を言おうと顔を上げたら、なみきと視線がぶつかった。
酔っ払いのはずの彼女が、瞳まで甘く艶やかに笑う。
あ、と思った。これは……。
――でも、唇同士が触れ合った瞬間、頭を過ったのは――。
気付いた時には、なみきを押し退けた後だった。
「あ…」
さっきのキスはいつもの恋人同士のもの。
そしてそれをくれたのは恋人の彼女。
なのに、なぜ私は……。
混乱している私を見つめるなみきの目が一度だけ閉じて、また開いた。
瞼を閉じる前にはあった、悲しげな色を瞬きで取り繕って。
「…ごめん…」
言った後で、(なにそれ)と自分で思った。
無意識に口から出てきた謝罪。
まるで私が後ろめたい気持ちを持っている、みたい。なみきに対して?
(そんな訳、ない……)
うつむく私の両頬を挟んで持ち上げて。
なみきはほろ苦く笑ってその手で私の前髪を払った。
「…じゃあ、仕切り直し」
そして二度目のキスは額に。
三度目は瞼に。
もう片方にもキスを落として、私が目を開けるのを至近距離で見つめる。
「チョコさん…」
「なみき…」
私が再び目を閉じるのを合図にして、私達は『恋人同士の甘さ』を味わうようにキスから始めた――。
だから私は気付かなかった。
マナーモードにしっ放しだった携帯電話に、着信ランプが灯っていたことを。
サブディスプレイに、『西村正路さん』――西村さんの名前が浮かんでいたことを。
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