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がらりと病室のドアを引くと、啜り泣きしていた子供が顔を上げて振り向いた。
「小唄ちゃん」
「ちょ、こ、ちゃん…」
ひくりひくりとしゃくりあげながら、それでも大声で泣くのを我慢している幼子は志穂の娘で、もうすぐお姉さんになるはずだった。
でもその母親は、新しい命を宿したまま、家の階段から転げ落ちてこの病院に運ばれた。祝福されて生まれてくるはずだった兄弟は、もう…。
私のスカートに体ごと抱き着き、未だ涙を止めることが出来ずにいる小唄ちゃんの柔らかい髪を撫でてやりながら、ベッドの上の彼女を見つめた。眼鏡のない、青白い顔。最後に会ったのは、いつだったか思い出そうとするのに、頭が働かない。
志穂、と呼び掛けることさえ、出来なかった。
志穂。
大切な、大切な、私の――。
伸ばした手が触れる寸前で。
志穂の瞼が震えて、持ち上がった。
「志穂!」
「ままぁー」
西村さんと、小唄ちゃんがベッドに駆け寄る。まだ起き上がるのは辛いのか、志穂は視線だけで家族達を見遣った。
はぁ、と詰めていた息をつく。
よかった。本当に。…死を覚悟した、とまでは言わないけど、ショックのあまり仕事を放り出して駆け付けたくらいには不安だったから。
志穂の視線が私に向いた。
もう、馬鹿。心配したじゃないの。
そう言ってやる前に、向こうの口が開いた。
「ショコラ…」
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