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まさか……俺を呼んでいるのか?
足を止めてその場で立ち止まり、クラクションのした方を振り向く。
道路の脇に外国産の赤いオープンカーが停車している。それを確認してから視線をわずかに上げると、運転席に座っていた色黒でサングラスをかけた黒服の男と目が合った。
その直後だった。色黒は一瞬『やった!』と喜ぶような顔を見せたかと思えば、急に首を左右に振った。それから渋い顔をつくると煙草を取り出して先端に火をつけ始める。
ふぅぅぅ……、と色黒の口から白い煙が噴き出される。吐き出し終えると色黒は再び煙草を咥え、息を吸い込んでまた白い煙を吐き出す。それを何度も繰り返す。
……あれは一体何がしたいんだ? などと思っていると、色黒は明らかに作った低い声でこう言った。
「そこの兄ちゃん。何や血相かえた顔をしてまっけど、どないしました?」
浪速の金融屋さんみたいな話し方をする色黒。
あの俳優さんに似せようとしている。それは分かるんだが、全然似ていない。嫌悪感を抱くレベルだった。
「ああ言わんでええ言わんで。ワイの観察眼ですべてお見通しや。……ふむふむ。ほほう」
「………」
「ふむふむ……そうか。兄ちゃんはこれからべっぴんな娘さんと結婚式を挙げようとしてるんやな。でも不運がいくつも重なって、その式に遅刻かけとるんか」
「………」
「せやったらワイの愛車が兄ちゃんの足になったろうやないけ。早よ乗りぃ。タクシーなんかよりずっと早よぅ送り届けたるで」
「………」
「……なんやさっきからムズカシイ顔しよって。早よ乗れ言うとるんや。おい。お前からも何とか言ったれや」
色黒が助手席に座っていた男に話を振る。色黒と同じく黒いスーツに身を包んでいるその男は、中指でシルバーフレームのメガネを押し上げてから、静かに言った。
「――霧島。上野の三文芝居には付き合わなくていいから早く乗れ。式に間に合わなくなるぞ」
「うん分かった」
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