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「一応言っとく。俺は強い」
過信でも驕(おご)りでもない、ましてや自己の能力に心酔しているような態度でもない。事実を淡々と述べるような口調で忠告したのち、メルトの右腕が深みを帯びた光を発し始める。
「純粋な喧嘩は久しぶりだ。楽しく、やろうかァ!」
メルトがカッと目を見開く。彼の右腕を包むように、煌めく紅蓮の炎が顕現する。自分の魔法を発動した少年は、先の魔弾にも劣らないスピードでシルバとの距離を詰めた。
振り下ろされる炎の腕を、シルバは反射的に避ける。
板の割れる独特な音が響いた。シルバが立っていた場所の床は砕け、木材が無残な姿に成り果てている。
メルトの拳の破壊力を目の当たりにして、シルバは額から汗が吹き出るのを感じた。
「動き、速いなァ」
獣のように身構えているメルトに、シルバはまともな言葉を返すことができない。ここにいるのは、本当に人間なのか。
右腕の豪華をより荒々しく燃やし、ついには両足までも炎に包んだメルトが前傾姿勢をとった。
考えている暇すらないのだと、シルバは理解する。どうして気分で買ったパンが発端でこんな事態に陥るのかと、運命を呪いながら。
メルトが勢いよく前に飛び出し、シルバもそれにならおうとした。
その瞬間、低い声が廊下に響く。
「元気なのはいいんだけどな、ちょいと暴れすぎだぞ、お前達」
「――っ!?」
後頭部に鈍痛が奔り、シルバの意識は遠のいていく。燃え盛る火炎の前には、青い髪の男が立ちはだかっていた。
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