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「あっ。違うの。まりあが不合格とるんじゃないかって言いたかったんじゃなくて、その──」
「うそうそ、気にしないで。慌てなくてもあたしはさくさくのこと大好きよ?姉御肌で優しくて」
「それは、買い被りすぎだわ」
「本当だってば!ダンナにしたいのはウチの部長の透様──草食男子を絵に描いたみたいなあの貴公子桐島透(きりしまとおる)様だけれど、愛人にするなら断然さくさく!」
「あっ……愛、愛っ、愛人?!」
「そーんな驚く?ってか!何で歴史から名前消されちゃったのに記録に残ってるのかしらね。河内先生が話していた指揮官のおじさん。歴史から名前消えちゃってるんならさ、先生が知ってるのっておかしくなぁい?胡散臭いわ」
「愛人」などという大人の単語にあくせくするさくらの焦心も露知らず、難しそうに眉を寄せ、まりあは古の謎に首を傾げて脚を組んだ。
まりあのひねくれた疑問の所為で、さくらの胸裏に複雑な思いが押し寄せてきた。
"名前を歴史から葬られる、ね。まりあの言う通り、消えたはずの人物の名を、河内先生が知っていてはおかしい。けれど本当は……"
誰にも打ち破れない才能と実力に恵まれ、誰もが屈さずにはいられない気高さを併せ持った一人の騎士を、さくらは思い出していた。
無二の名声を博していながら、彼も最期は名もなき花と散った武(もののふ)だ。
実のところ、さくらには前世の前世──そのまた前世の記憶がある。
スピリチュアル信者やオカルトマニアでもなければきっと信じられない話だが、あるものはあるのだから仕方がない。
記憶に焼きついて離れない、カイル・クラウスという名の騎士は、さくらの前世の恋人だ。
その昔、リーシェ・ミゼレッタという名の王女がいた。
戦に敗れ、歴史どころか地図からも隠滅された太古の国──氷華(こおりばな)王国の第一王女だ。
さくらは、リーシェの魂を引き継いでいた。
カイルはリーシェの護衛騎士だった。
リーシェは若くして名誉騎士の称号を得た同い年の少年を慕い、愛していた。
氷華には、一生涯の忠誠を王女に誓い、主を護るための護衛が置かれる習慣があった。
大抵、王女付きの護衛には、騎士の称号を持つ貴族が任命された。
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