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「……さくさく」
「どしたの?まりあ」
「いや、さぁ、そこまでむきにならなくても」
「えっ。あっ。えっと……」
確かに過剰反応だった。
もちろん、いくらまりあが親友でも、さくらはカイルとリーシェの記憶を知られたくない。
「普通」の恋愛とは言い難いだけに、打ち明けるには覚悟がいるのだ。
だからと言って、このはのことも、さくらには話題にされて有り難いものではなかった。
"もし、もしもよ。廊下にまりあの声が漏れてでもいれば、弦祇先輩ご本人に丸聞こえじゃない!"
想像すると、ひやっとした。
無駄ににやついたまりあの顔が恨めしい。
さくらは唇を尖らせた。
「そんな顔しないの。美人が台なしよ?さくさく。それにね、恋は自分の気持ちに素直にならなければダメ。弦祇先輩を見るさくさくの目、完全に恋する乙女だと思うんだけどな」
「だからっ、弦祇先輩は憧れよ。それ以上でも以下でもないわ。第一、私にはっ──」
言いかけて、さくらは咄嗟に口を押さえた。
喉元まで込み上げてきたカイルの名が声になってしまっては、元も子もない。
昼休みの開始を知らせるチャイムが、さくらを救ってくれた。
事務的な鐘の音がスピーカー聞こえてこなければ、思わせぶりに口を噤んださくらは、まりあに尋問されていたかも知れない。
「あっ。お昼だ。さくさく、あたし透様に愛妻弁当渡してくるわねっ。すぐに戻るから待っていて!」
大振りの紙袋から、まりあは弁当箱を引っ張り出した。
青とグレーの格子柄の風呂敷にくるんだ弁当は、彼女が最愛の上級生、手芸部部長の桐島透(きりしまとおる)のために作ったものだ。
大事そうにそれを抱えて、まりあは、透のいる作業台に向かって行った。
まりあの後頭部で揺れるポニーテールの黒髪が、さくらには愛らしい小動物のしっぽのように見えた。
親友の後ろ姿を見送りながら、さくらは心の中でエールを送った。
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