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類稀なセンスと器用な手先を前任の部長に認められた桐島透は、昨年の秋、男子にして手芸部部長に抜粋された。
温厚で真面目な人柄は教師達にも評判が良く、一部の女子生徒達に「透様」と呼ばれ、慕われている。
十七才の少年にしては華奢な体躯に白い肌、垂れ目がちな目に映える黒い瞳は物静かで優しげだ。透なら、少女漫画の中にいてもおかしくない。
女のさくらから見ても、透は綺麗だ。身のこなしや言葉遣いはしとやかで、栗色の髪はいつもシャンプーの良い匂いがする。
いつだったかまりあが両手を胸の前で組み、透を賛美していた隣で、さくらも頷いていたものだ。
透を見つめるまりあのきらきら輝く瞳が脳裏を過ぎると、さくらは眩しくさえなった。
まりあの手製の弁当を持って透がさくら達の昼食の席に見えたのは、昼休みが始まってすぐのことだった。
* * * * * * *
見たところ、そこはありふれた一般家庭によくある、ごくごく普通の木造家屋だ。
天井は灰色のコンクリートで固められている。
薄暗がりの中、街灯にしては黄みの強い独特の明かりが引き戸の隙間から差し込んできてさえいなければ、そこは何の変哲もない一軒家の玄関だ。
靴箱の手前で背を屈め、壮齢の女はおいおいとしゃくりあげていた。
女はしょぼくれた双眸からとめどなく涙をこぼし、皺だらけの頬を洪水のように濡らしていた。
伸びっぱなしの灰色の髪はうなじにまとめられてこそいるものの、何ヶ月も手入れされていないのが分かる。
女の粗末な割烹着の裾を握っている小さな紅葉は、彼女の孫息子の左手だ。
年端もいかない幼い少年のもう片方の小さな手は、女の伴侶の左手に繋がれていた。
孫息子の右手を優しく握った女の伴侶──老いた男も、女と同じ、目に涙を浮かべていた。
ぎょろりとした眼球は、骨と皮だけに見える男の顔から、今にも落ちてしまいそうだ。
老夫婦と孫息子の正面に、小綺麗な身なりの若い青年が立っていた。
青年の名を、一条次成(いちじょうつぐなり)という。
次成は引き戸に背を向けて、さながら教会の神父のように微笑んでいた。
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