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「本当に有り難う御座います、一条先生。貴方様はこんな、老いぼれた年寄りにはどうしようもなかった亡き娘夫婦の借財を肩代わりして下さったばかりか……このような贅沢な家までお与え下さった。おおぅ、年金ではとてもこの可愛い忘れ形見を立派に育てることも難しかったものですのに、一条先生は、この子の学校の面倒まで見て下さると……こんなに良くしていただいて……先生は私共一家の神様であらせられます」
女の骨ばった両の手が、ひしと次成の両手を握った。
次成は、細い目をいっそう細めた。
短く切り揃えた黒髪は、次成の快活な若さを引き立てている。年の程は三十代後半だ。
日焼けしていない肌の所為か、ネクタイを締めた背広が彼を畏まった印象に見せているのか──次成は、いかにも真摯な風采だ。
「私は神ではありません」
女の手を握り返して、次成は謙遜した。
「貴方がたもお分かりの通り、普通、私達は神にはなれない。中には悪魔とて混じっています。それ故、無力な私達は救いを求め、崇め奉るべき存在に縋ろうと必死になります。神である可能性を秘めた存在、とでも言っておきましょうか」
「……先生……」
「私達は神にはなれない。肝心な神の存在とて不確かだ。それなら私達は、何を信じ、何を拠り所とすれば良いのでしょう?──答えは簡単です。心を空(くう)にするのです。一切の邪念を取り除き、心の目隠しとなる穢れを洗い流すことが必要です。神の可能性を秘めたる存在──私達の救いとなる存在に、一日も早く近づけるよう、弱きを助け強きをくじかねばなりません」
「──……」
「私の言いたいことは、お分かりですね?」
女の手を優しく下ろし、次成りは自ら胸に手を当てた。
「つまり、先生は」
「娘さんご夫妻を喪われた貴方がたは、それだけで十分に苦しまれました。なのに、娘さん方が生前こしらえてしまわれた借財の保証人でいらしたばかりに、貴方がたはいっそう苦しまれることとなった。──ここに神がおいでなら、貴方がたのような罪なき人間にかくも残酷な試練を与えたかの人を、私はサタンと呼びましょう。しかし、幸い、貴方がたは私達の兄弟でした。私の兄、一条一樹が開基した『第二創世会』の教えの下に、貴方がたと私は巡り逢いました」
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