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「先生……」
「貴方がたは私の兄弟です。及ばずながら、私は力をお貸ししたい。私のこの行いは、神の可能性を秘めたる存在に近づくための、私の修行でもあります」
透き通った次成の声は、聖歌でも暗唱しているようだ。
感極まって、女はとうとう床に伏して泣き崩れた。
「あのぅ、先生」
女と次成のやりとりを暫し傍観していた男が、おずおずと口を開いた。
「何か?」
「このご恩は決して忘れやしません。本当に、その……お礼は」
男の言葉に、次成は少しの逡巡を見せた。
が、すぐに首を横に振る。
「この楽園に貴方がたをご案内申し上げましたのは、兄や私の希望です。お礼をいただく訳には参りません。寧ろ、貴方がたにお節介をさせていただいた、私の方が何とお礼を申し上げれば良いのやら。ただ、そうですね……」
少し思考する素振りをしてみせた後、次成は再三口を開く。
「今後も貴方がたの兄弟として私を認めて下さるのなら、一つ、お願いがあります」
懐からアイスブルーの小さなブリザードフラワーを取り出して、次成は、それを老夫の手に握らせた。
真っ白な花を氷漬けにしたようにも見える、不思議な色をした花だ。
男の白濁した目を直視して──次成は細めた目を一度大きく見開くと、またにこりと笑った。
「実は、第二創世会が聖書の中で崇めている「花の聖女」は実存しているのです。現在の平成の世に、ね。おいたわしい、彼女は穢れた世界に産み落とされ、ただの人間だと信じ込み、どこかで平凡に暮らしておいでです。私達は──彼女を見つけ出せば救われます。地位も名誉も、不老不死も、望めば全て授かることが可能になります」
「何っ……ですと?!」
「どうです?お孫さんには将来、私の仕切る聖花隊に来ていただきたい。もちろん給金は支払いますし、待遇に関して申し上げれば、そこいらの企業よりずっと自信があります。聖女捜索を目的とした聖花隊の隊員達には、最高の生活を約束しております」
「……──っ」
男は目を見開いた。
男が何と答えるか、次成には分かっていた。
返事は、きっとイエスだ。
靴箱の上にある赤いデジタル時計は、昼の午後十二時過ぎを示していた。
引き戸の外は相変わらず薄暗く、ただ、月明かりに似た街灯の光だけが老夫婦と孫息子、そして一条次成を照らしていた。
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