プロローグ

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    「無礼者っ!!」  蜂蜜色の照明が満ちた小さな個室に、どんっ、と衝撃音が響き渡った。  少女の甘ったるいソプラノの声が一喝したのとほぼ同時のことだった。  「──……」  衝撃音の出所は、小さな個室──もとい手洗い場の鏡の前に備えてある白い物置台に付いた戸棚の壁だ。  腰まである亜麻色の髪が印象的な少女が、今し方、怒りにわなわなと震える金髪のツインテールの少女に力の限り突き飛ばされて、背中を打ちつけたのだ。  カラオケ店の化粧室にしては洒落た小部屋で、二人の少女は対峙していた。  そこはかとなく漂う空気は、張りつめていた。  外国映画にでも出てきそうな容姿に恵まれた長身の少女は、花畑から遥々やってきた妖精を彷彿とさせる目前の少女を、驚愕の瞳で見上げていた。  漆黒の硝子玉のような瞳の奥にちらつくショックは、尻餅をついた痛みからくるものではない。自分を見下ろす、金髪の少女の憤然とした態度に対するもののようだ。  「ビアンのオフ会で希宮莢(のぞみやさや)って女に会ったら気を付けろって、先輩にご忠告は受けていたけど──まさかいきなり迫られるなんて、想像もつかなかった!」  ああ、本当に、妖精だ。  怒りに任せた剣幕で、口をへの字に曲げて腕を組んでいる目前の少女に、亜麻色の髪の少女は──希宮莢と呼ばれた少女は、見惚れ、悪く言えば品定めしていた。  聞き捨てならない言葉は聞こえたが、今の莢には、そんなこと気にする価値もない。手を挙げられても罵られても、不機嫌な妖精の魅力が半減しようはずがなかった。  ツインテールの少女に、莢の目は釘づけだ。  水色のレースのワンピースを着た少女の首には、同系色のガーゼのスカーフが巻かれてあって、二つに分けて結った金髪の結び目には、洋服に合わせたのか──青い薔薇の造花が、片方にだけ咲いていた。  少女と莢とは、今日知り合ったばかりの関係だ。  オフ会とは名ばかりの──他人同士が同席し、あわよくば未来の恋人と巡り逢えるという、女子限定の合コンで、少女と莢とは出逢ったのである。  つまり昨日までは赤の他人だったということだ。
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