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「…………」
足が竦んで声も出ないのか、古典的な物言いに呆れて声も出ないのか、さくらは自分で自分が分からなくなってきた。
もっとも、ギャグとは考え難い。
上階で危険が起きているのは確かだろうし、他人事であれ、流血沙汰となってはまずい。
リンチやかつあげなら尚更だ。
"そうだわ、警備員!"
被害が出るまでに助けを呼ぶべきだと判断して、さくらは身を翻した。
その時だ──。
「うっせぇんだよさっきから!」
命短し春に咲く小花を彷彿とさせられる儚げなソプラノの声が、さくらの足を引き留めた。
"弦祇先輩っ?!"
手すりに手をかけたまま、さくらは固まった。
耳を疑うべきなのか、この状況が実は夢だったりするのかと、さくらは現実についていけなくなった。
「んだと?!やんのかこのアマ!さっさと来いっつってるだけだろこらぁ!兄貴待たせんじゃねーよカスっ」
「来いって言われて素直に行く馬鹿がいると思うの?貴方は騙されているんだよ、あのインチキ偽善者やナマコオヤジに──。第一、私は無関係」
「すっとぼけんじゃねぇえ!兄貴や旦那を侮辱しやがんじゃねぇえ!殴んぞこら!」
「そっか、ご愁傷様。貴方もこの前のひょろひょろ君と同じ末路を辿りたいみたいだね。あの馬鹿、退院出来るって?」
「……っ、離せこのっ。貴様死に急ぐ女だなこらぁあ!俺様をなめんじゃねーぜ。落とし前つけたろかこらぁああ!」
さくらが現実についていけない間にも、二人の怒気はヒートアップしていった。事態は悪化に向かっている。
何かと何かがぶつかり合う音がして、何かが割れる音も聞こえた。
心臓に悪い。
不安なさくらの気の所為か、心なしか校舎も揺れていた。
…──危険だ。
"弦祇先輩!"
警備員を呼びに行っていては間に合わない。
そんな回りくどいことをしていては、このはが怪我をしてしまう。
憧れの上級生を危険に遭わせたまま、自分だけ安全な道を選ぶなんて、さくらには考えられなかった。
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