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このはに対して後ろ暗いものはないが、ストーカーを働く世の愚者達の心境を、この時ばかりはさくらは少し理解した。
「……貴女。もしかして、もしかして──…」
そう言えば、このははさっきからさくらに何か言いたげだ。
お願いだから警察にだけは突き出さないで欲しい。
さくらの背に、冷や汗が伝う。
しかし、さくらを待っていたものは、このはの軽蔑でもなく罵詈雑言でもなかったようだ。
「貴女は、美咲さくらさんだよね?」
──可憐な声に、名前を呼ばれた。
「え」
「あのっ。有り難う、ね。ごめん、驚かせてしまったのなら本当、ごめんなさい。私、貴女のファンなんだ。一昨年の学祭のファッションショーで美咲さんを見てから、ずっと貴女を目で追ってたの」
「……──?!」
「昨年の手芸部は展示会だったね。その時も貴女の作品の前に三十分近くも居座っちゃった。『夢の中の結婚式』──どうしてだろう、キラキラしてるのに、見てると切ない気持ちになっちゃった。あんなに綺麗なウェディングドレスを作れるなんて、美咲さんって、すごく純粋で可愛らしい心を持っているんだね!」
しみじみ語って微笑んだこのはの瞳の方が、さくらには眩しかった。
なんて優しくて、あどけない綺麗な瞳なのだろう──。
こんなに間近でこのはと向き合ったのは初めてだが、さくらは、まるで夢でも見ている心地になった。
人間の目には普通見えない、妖精にでもまみえた気分だ。
ましてやこのはがさくらを知ってくれていたのは思いの外だ。
さくらは、自分がこんな報いを受けるだけの善行をいつどこで働いたのかと、今日までの人生を振り返り、暫し頭を悩ませた。
"私、このまま死んでも良いわ。緊張するのに、何故……このまま時間が止まって欲しいなんて、私、どうかしてる"
こんな気持ちは初めてだ。少なくとも「美咲さくら」は、生まれて今日までこんなときめきを知らなかった。
胸が詰まって苦しいのに、その苦しみにいっそ殺されてしまいたい。
"だって、仕方がないの。弦祇先輩は私の憧れで、雲の上にいる人なのに──…先輩が私にそんなこと言って下さるなんて、夢にも思わなかったのだもの。こうして同じ場所にいて、言葉を交わせたのだって、奇跡みたいなものなんだもの。だから、仕方がないの"
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