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「冗談だって思う?でも真面目な話。部長のもも先輩も、今練習している『不思議の国のアリス』でね、ヒロインのアリス役なんだけど、美咲さんみたいな華が欲しいって仰ってた。私、戻ったら皆に叩かれちゃうなぁ」
「…………」
アイスブルーのレースのボレロのリボンを結び直して、朗らかにこのはが笑った。
どこからかそよ風が吹き込んできて、さらさらした姫カットの金髪が揺れ、このはの白い頬を撫でた。
「弦祇先輩は憧れで、私なんて手も届かない素敵な人なのに……」
さくらはぽつりと呟いた。
「困らせちゃった?ごめんね、美咲さん。でもね、困ってるのは私も同じ。美咲さんみたいな綺麗な人が、私のこと知ってくれてたなんて──今、穴があったら入りたい気分だよ」
「……──っ」
「迷惑ついでに、もう一つ言わせてくれない?」
あっ、と思う間もなくさくらの右手がこのはの両手に捕らわれた。
甘くてたおやかなこのはのオーラに圧倒されて、春の小花を優しく撫でるそよ風みたいなその声に、気を取られていた所為だ。
意識不明の真淵を除けば、ここにはこのはとさくら以外、誰もいない。
人知れない空間で、たった二人で手を取り合って──さくらの中に、何だかいけないことをしている背徳感が押し寄せてきた。
そんな状況の中このはを拒めないのは、きっと、さくら自身がこのはを求めているからだ。
「私、嘘は嫌いなんだ」
「……弦祇、先輩……」
「だからね、このままじゃ貴女にさっき嘘をついた私自身を許せない。言い直させて」
このはの指先がさくらの左手の甲をなぞった。
それだけで、さくらの全身に何かが走る。
俯いたこのはの睫の下に見え隠れする瞳の色に、何故か──さくらの胸が締めつけられた。
「貴女のファンだなんてね、私言ったけど、あれは嘘」
呟くような、囁くような声だった。
「皆みたいな軽い気持ちで、アイドルを追いかけるみたいな目で、一度だって美咲さんを見たことないよ──見られないよ」
「それっ……」
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