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数千年前、「希宮莢」という人間として生まれるよりも遙か昔、莢はカイル・クラウスという名の騎士だった。
彼の世界は、リーシェ・ミゼレッタという名の少女を中心に回っていた。
今もそれは変わらない。
記憶の中にリーシェが生き続けている限り、今でも夢の中でまみえる彼女だけが、莢の全てだ。
現在は亡き王国「氷華(こおりばな)」にて、カイルはリーシェに恋をした。恋より深い恋をした。
リーシェも、カイルを愛してくれていた。
一国の王女と騎士という、世間には認められない身分違いの愛で結ばれていた二人だが、カイルにとってのリーシェは生命(いのち)の源そのものだった。
だからこそ、カイルは来世に希望を託した。
『数年後の来世では、幸せになりましょう?──リーシェ様』
『きっとよ、…──カイル。姿かたちが変わっても、離れ離れに生まれても、約束よ』
あの約束は、ただの口約束だったというのか。
やめて、と、腕からすり抜けたこのはを見つめて、莢は今にも絶望に引きずり込まれそうだった。
かつての恋人リーシェ・ミゼレッタの甘い匂いをこれでもかとも言わんばかりに振り撒きながら、このははどこまでも素っ気ない。
転生して、性こそ男から女に変わった。が、このはの魂に惹かれる上で、それは何の差し支えにもならないはずだ。
騎士として体力や武術の鍛練を重ねていたカイルに比べれば、やむなく、今の莢は肉体的には劣るかも知れないが──このはを幸せに出来るだけの思いも力も、足りる程度には備わっている自信はある。
「どうしてそんなによそよそしいの?私のこと、覚えてない?」
「ふぇ、や、耳元で喋んないで!第一、前って何のことよっ。私達さっき逢ったばかり──もしかして典型的なナンパ?!」
「人聞き悪いなー。転生して記憶が戻って以来、私は貴女だけを探していたのに。いつ、どこにいても、貴女に逢うまで私は生まれた実感がしなかった。生きた心地がしなかった。貴女に逢うまで、私は、貴女の面影を探すしかなかったんだ……」
──リーシェ・ミゼレッタという、かけがえのない少女(あなた)だけを探し続けてきた。
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