出逢いは突然のハプニング

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    あの瞬間(とき)から、さくらの学校生活が、色づいた。  さくらにとってこのはこそが、憧れ、尊び、慕うべき上級生となったのだ。  あれから二年半が過ぎた。  今では声を聞くだけで、姿を想い、このはの存在を魂(こころ)に感じる。  得も言われぬ切なさに、さくらの胸は締めつけられた。  どんな運命の力が働いたのか、さくらのいる手芸部の主な活動場である家庭科室と、このはのいる演劇部が稽古場に使用している教室は、目と鼻の先だ。  演劇部では、通し稽古の他に場面ごとに分けての部分練習というものがあるらしい。部分練習で、大抵このはは廊下組になるのだろう。  その廊下というのが家庭科室にとても近い位置だから、手芸部の活動に専念していると、今みたいにふとさくらの耳にあの可憐な妖精の囁きが触れることが度々あるのだ。  さくらにとって、それは大きな贅沢であり手芸部員の特権だ。  春休み、卒業生でありながら、さくらが有志で部活に参加しているのは、何を隠そうこんなサプライズがあるからだ。  "弦祇先輩……お可愛らしいわ"  世の少女達が抱く羨望、人気モデルやアイドル歌手の髪型や服装を真似たい類の気持ちとは違う。  さくらのこのはに対する憧れは、もっと深い所にあった。  どう深いのかを具体的に説明しろと求められても、さくらには答えられない。  無条件に、さくらはこのはに惹かれていた。  "さぁ、私も頑張らなくては"  このはと流衣とのかけ合いが、一段落着いたらしい。  扉の向こうが静まると、さくらは作業を再開した。  このはの声を聞いた後は、いつも作業が捗る。  インスピレーションも冴えるし、不思議な高揚感に味方されて、さくらは作業台に向かっていた。  集中していたものだから、家庭科室の出入り口の扉が勢い良く開いた音に、さくらは気が付かなかった。  「追試終わったぁあ!卒業生に追試受けさせるなんて横暴にも程があるわよね。落第点ならレポート書けっていう話だし。ま、これであたしも自由の身だわ。ついでにそこの踊り場で弦祇先輩発見っ。銀月先輩相変わらず格好良かったなー、さくさく弦祇先輩取られちゃうわよー?」  常軌を逸したハイテンションで、家庭科室に飛び込んできた同級生、麻羽まりあ(あさばまりあ)がさくらにのしかかってきた。
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