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耳に響くのは荒々しく呼吸が乱れた二つの声音。
一つは獣のモノ。
もう一つは――。
扉一枚を隔てただけで、世界はこんなにも暗く冷たいモノとして閉ざされてしまうのか……
室内を満たす悲鳴が、無力な僕の胸を切り刻む。
今宵もまた、ドアノブを強く握り締めて、涙を流すことしか出来ない。
どうしても、この扉を開くことが出来ない……
―
小さな振り子時計が、乾いた鐘の音で時を告げる。
獣が汚れた欲求を吐き散らかして向かい側の扉を潜る気配がした。
訪れた静寂に、冷や汗と両手の震えが漸く治まる。
【ぎいぃぃ】
ドアを押し開くと、冷たい月光に照らされた大きなベッドに押し込められた小さな少女が天井を仰いでいた。
漆黒のシーツに散らばる長く白い髪は乱れ、その赤い瞳は生気を失い、暗く澱んでいる。
引き裂かれた赤いドレスが痛々しい。
――今夜も守れなかった――
音もなく近付くと、傷付いた少女の細く白い手を握り締め優しく呼び掛けた。
「……エルザ……」
赤い瞳の少女、エルザの指先がピクリと僕の声に反応する。
僕の指にエルザの指が絡められていく。
重ならない視線に、涙が零れた。
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