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「……にぃ…さま……」
小さな呟きを合図に、その赤い瞳は漸く精気を宿した。
僕に出来る事は唯一つ。
「エルザ……ッ!」
繋いだ手を強く握りしめ、繰り返し愛しい妹の名を呼ぶことだけ。
怖い暗闇が去ったことを告げることだけ……
【コンコン】
急かすようなノックと共に扉を開けたのは。
「エルザ様ッ!?……クラウス様……」
苦しげに目を伏せたエルザの乳母、メアリだ。
僕を見詰めるアンバーの瞳が曇っていく。
黒髪を振り乱した彼女の姿は、まるで鏡に映った己の姿そのもので。
抗えない現実を容赦無く胸に突き付けられる。
静かに歩み寄るメアリの腕の中に抱え込まれたタオルの山に視線を向けると、身を引き裂く想いを堪えてエルザに背を向けた。
扉に向かう最中、擦れ違い様に交わす言葉も変わらない。
「……頼む」
「はい……」
メアリにエルザを托すと、先程よりも重い扉を潜って部屋を後にした。
逃げるように自室に駆け込むと、窓を開け放ち肌を刺すような冷風を全身に浴びせ掛ける。
揺らめくカーテンが飾られた絵画を指し示した。
寄り添う兄妹が、優しく微笑んでいる。
悲しい位に……
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