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―――
今朝は何やら邸内が騒がしい。
従僕達の忙しない足音を避けて自室を飛び出せば、いつの間にやら薔薇園に足を踏み入れていた。
何気なく目に留まった阿舎(アズマヤ)で、長椅子に腰を降ろす。
「……ハア……」
――やはりエルザの異変が気になって仕方ない。
深い溜息の反動で芳しい薫りを肺に満たせば、少しだけ胸の靄が和らいだ気がする……
御祖母様が慈しんだこの艶やかな大輪ならば、僕よりもエルザの憂いを拭ってくれるだろうか?
すぐ傍に咲き誇る花弁に指先を伸ばせば、不意に頬を撫でる風に靡いた荊に阻まれてしまう……
「……お前でも難しいとでも言いたいのか……」
どうすればエルザの心を晴らしてやれるのだろう……?
あの儚げな美しい微笑みが、今も胸を締め付けている。
重苦しい熱情を秘めながら……
その時、囀る小鳥の鳴き声が園内に響いた。
直ぐ戻ろうと立ち上がる筈だったのに、何故か足は動かない……
渦巻く思考に心が疲弊しきっていたようだ。
惑う視界が陽光の白色に溺れるように飲み込まれていく。
右腕が手摺りからするりと落ちる。
いつしか木漏れ日の温もりの中で瞼が落ちていた……
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