第1章

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「智也。」 俺―木ノ下智也は声をかけられ、ゆっくりと振り返った。見ると美咲―堀口美咲が駆け足で俺に駆け寄ってきていた。早朝とは思えない、爽やかな表情だった 。 「智也、珍しく早いね。いつもならこの道走ってるでしょ。」 美咲は微笑しながら俺の横に並んだ。 「今日はたまたま起きられたんだよ。ゆっくり登校出来るっていいな。」 鳥の声が聞こえた。見上げると雲一つない空を鳥が群れを成して飛んでいる。朝はこんなにも清々しいものだっただろうか。眠いという観念しかなかった俺にとって、それは久しぶりに感じたことだったかもしれない。 「あっ、智也。」 美咲が声を上げ、前方を指差した。みると、すこし先をカズノリー本田カズノリと瞳ー後藤瞳が並んで歩いていた。その二人の後ろ姿はなんだか遠く見える。 「なんだあいつら、朝から一緒かよ。」 「私たちもね。」 いまから二ヵ月前。俺は同じクラスの美咲に告白した。桜咲く木のしたで。いくら2ヵ月前とはいえ、あのときの記憶は鮮明に脳に焼き付いている。 「よし。いくか。」 俺は美咲を見てから、カズノリのほうへ駆け出した。 「智也、待ってよ!」 美咲は笑いながら俺について来た。 「よう、カズノリ、瞳。」俺はカズノリの肩に手をかけ、笑った。 「おはよう、智也。珍しく朝から元気そうね。」 瞳が嫌味を含めて挨拶してきた。 「智也はやいな!珍しっ!」 カズノリは珍しく元気な俺と違って、いつものように元気だ。その元気さはもはや尊敬できる。 「追いついた。」 美咲少し息を切らしながら、瞳の肩に手を置いた。 「おはよ。美咲。」 瞳が振り返る。 「なんだ。美咲もいたんじゃん!ダブルデートみたいだなっ!」 「うるせーよ。」 俺はカズノリの頭を叩いた。 この四人でいられることがなによりも楽しかった。こんな生活がいつまでも続けばいいと思った。来年からは受験勉強だ。こうして四人で会うことが少なくなるだろう。でも、こいつらはいる。確かに俺の近くにいる。ただ、それだけでもよかった。ただこのなかの一人でも欠けてしまったら、俺が俺でいられない気がした。それだけ、こいつらは俺にとって、大切な存在だった。 「カズノリ…」 俺が声をかけたときだった。笑い声は次第に小さくなって消え、俺の視界は真っ暗になった。
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