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―――――柳生十兵衛―――――
『“メビウスの輪”とは永遠を意味するんだ』
まだ真実に辿り着く前、空に浮かぶ月を見上げながら神はそういった。
まるで聖杯でも持つかのように、手の中のグラスを傾ける神。
メビウスの輪に我輩が単身乗り込み、神を説得したあの日の夜。
チーム解散の決定が下され、誰もいない伽藍洞(がらんどう)のように静まり返る大聖堂のテラス。
『私たちが死んで土に還り、世界が終わってしまったとしても……また世界が始まるときが来るのなら、同じように巡り逢い、共に生きていこうという……私たちの意思』
それが、メビウスの輪の意味の一つなのだと、神はいった。
耳を澄ませば聞こえてきそうな星々の囁き。
「そうか……」
否定も肯定もしない。
ただ、月明かりに照らし出されるその神の横顔を眺め、言葉だけを返す。
『そして“表”と“裏”、その両方が“共存する”メビウス帯にはもう一つの意味がある』
“テーゼ“と”アンチテーゼ”、そして“アウフヘーベン”。
『世界(物事)の真理と同じだよ』
優しく淡く、光のヴェールに包まれる神。
何かから解放されたように、すっきりした顔をしながら言葉を紡いでいく。
『なんでだろう……不思議だな』
こんな夜だからか、それとも久しぶりに口にした酒のせいか。
『今まで誰にも話したことのないことを、何故か素直に話せてしまう』
「我輩だから、とは言わないのか?」
『さあ、どうだろうな……』
そこで会話は区切れる。
しばらく黙ったまま月の光を浴びる神を横に、我輩は手にする杯の中の残りを飲み込むと、静かに立ち上がって、その場を後にする。
『なあ、柳生十兵衛』
そんな我輩の背に、神は一言だけいった。
『私の本当の名、』
――――それを最初に呼ぶのは、お前かもしれないな。
期待なのかそうでないのか分からない。
けれど、我輩はそうしてあげたいと心の中で想い、返事の代わりに頷き返した。
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