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ブレスレットのことは,見なかったことにして彼を信じようと自分に言い聞かせた。
しかし私はまた小さく叫んだ。
洗面所の鏡の横の戸棚を開けると,小さなマニキュアが置いてあった。
育人は普段ここの戸棚を使わない。
悲しいより何より急激に自分の体温が冷めていくのが分かった。
きっと女はわざとマニキュアもブレスレットも置いていったのだ。
真っ赤なマニキュア。
大胆だけど,私の最も苦手とする類の女だ。
もう一つ私はハッとした。
あの着信もきっとその女だ。
何故か確信した。
これは推測だが,もしかしたら,育人は最近,女に別れ話を持ち掛けたのでは?
昨日,私が電話に出た瞬間に電話を切ったのはその女のサインだったのかもしれない。
夢から覚めた。
かつて私が愛してやまなかった男はもういない。こんな形でしか自分の存在を表せないような女と寝た男に興味は無かった。
今の私は昔の私じゃない。
今の育人は昔の私が大好きだった育人じゃない。
私の視界の色彩は徐々に戻っていく。
あ。私,育人なしの世界でも大丈夫だ。
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