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表情を変えずに、檻から、白兎を一羽持ち上げる。じたばたと動く手足を両手に持つ。左右に引く。 辺りに赤とピンクが飛び散る。 濡れたものが落ちる、独特な音。肉塊が2つ床に転がった。 え…? 漸く思考が追い付く。同時に体に震えが走った。 知能の差があるとはいえ、同じ種族。言葉の通じる『仲間』が、ただの肉塊になってしまった。 男はまた一羽つまみ上げる。 今度はゆっくりゆっくり、引き延ばすように力が加えられていく。 捕らえられた兎と目があった。 ―いたい、こわい、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタイ、イタ― 肉が裂けた。 あの子はもう喋らない。 床の赤が面積を増す。 男が動く。無表情で動く。 取って、持って、引っ張る、投げる。 取って、持って、引っ張る、投げる。 取って、持って、引っ張る、投げる。取って、持って、引っ張る、投げる。取って、持って、引っ張る、投げる。取って、持って、引っ張る、投げる。取って… 単調に繰り返される作業によって、檻の中が空になった。最後の肉塊が赤い海に沈むのを見届け、男がふと此方を向いた。 一歩、踏み出す。 本能的な恐怖が脳髄を掠めた。 逃ゲナケレバ 狭い檻で一歩後退ったとき、今まで忘れていた砂時計が目にはいる。 赤い部屋、赤い砂時計。 自分でも何がしたいのか解らないが、何故かそうしなければいけない気がして、砂時計をひっくり返した。 砂が落ちる。 途端に、全身の毛が逆立つ程の寒気。 嫌な、感じ。 ビデオの巻き戻しみたいに男が一歩後ろへ戻った。視線が最後に放った肉塊へ向けられる。 赤い海がざわめいた。
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