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男の目線の先でズルリと頭部のついた肉塊が蠢く。飛散していた『中身』と体液が再び収納され、片割れの下半身が蓋をした。
ヒョイと身を起こした兎は何事もなかったかのように赤い海の上で跳ね始めた。
男は石像のようにピクリともしない。
最初の一羽を皮切りに、床を覆っていた血肉がさざ波をたてた。砂時計の砂が落ちるにつれて、跳ね回る兎は数を増す。赤い瞳はキョロキョロと世話しなく動いている。
最後の肉塊が兎に戻ると同時に砂時計も最後の粒を落とした。
ピタリ、と兎達が動きを止める。
男がゆっくりと此方を見る。
男が初めて表情を変える。
口角が徐々に上がり、満面の笑みを浮かべる。
凍りつくような、憐れむような、軽蔑するような笑みだった。
兎達が一斉に男へ飛びかかった。
男は抵抗しない。ひたすらに例の笑顔をこちらに向けている。
兎達は狂ったように、葉を食べる口で男を引き裂く。
内臓を引きずり出し、血液の溢れる傷口に顔を埋めて、白い毛皮を赤く染めながら、平らな歯で一心不乱に肉を削ぐ。
例の笑顔も引きちぎられ、白い頬骨を見せる。
先程までと似たような光景。
違うのは加害者と被害者。
床を覆う肉片の持ち主。
震えが止まらない。
突如、赤い兎達が此方を向いた。感情の読めない赤い瞳。
そして、赤い、砂時計。
兎達が動こうとした途端に、無我夢中で砂時計をひっくり返す。
肉片が蠢く。
外に出されていた眼球が眼窩に収まり、肉が頬骨を這い上がり、あの笑顔が戻っていく。
ここで漸く、終わりがないことに気づく。
男が兎を殺すか、兎が男を壊すか。
砂時計は加害者と被害者を変えるきっかけ。
ひっくり返せば再生と殺戮。
ひっくり返さなければ、どちらの場合でも自分が標的に変わる。
逃げ道は、ない。
途方にくれる目の前で、最初の一羽が引き裂かれる。
絶望に、世界が暗転した――――
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