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「水が、欲しいな…。」
思わず呟く。
どうしようもないことほど口に出したくなる。
いきなり相手が黙ってしまった。
沈黙が耳に痛い。
そんなに気に触ったかと謝罪しようとした。
しかし、その前に相手が口を開いた。
「…水、あるぞ…。」
嘘だと思った。
「ちょっと…鉄臭いし…冷たか、ないけど…」
小さく身じろぎする音が聞こえて、触れている部分に液体が流れた。
信じられない気持ちで、濡れた手を口元に持ってきて舐める。
「…確かに、鉄…臭いな…。」
「水筒…古いから…。嫌なら…いい。」
「……有り難く、頂くよ…。」
小さく笑う声。
つられて少し笑いながら、手を濡らして貰っては舐めた。
***
どれだけたったのか…。
こんなときにも腹の虫だけは元気に泣いている。
「………肉、あるぞ。」
笑い混じりの声に感謝しながら小さく千切ってある肉を貰った。
乾燥させてあるらしい其れは、固く、少し癖のある味だったが、案外美味しかった。
嚥下するのを見計らったように、何度も肉を渡してくれる。
「…こんなに貰って、良いのか…?」
「良いよ…。…まだ…沢山、有るんだ…。ダメになる前に…食べて、くれ…。」
「………有り難う…。」
また渡された一欠片は気のせいか、とても暖かい気がした。
***
「……あぁ、やっと…出れるな…。」
「…え?」
突然言い出した言葉に疑問符を返すと、相手は当然のように答えた。
「もうすぐ…救助隊が、ここまで…来るよ。声が…する。」
幻聴でも聞こえているのか。
そう思った途端だった。
「生存者!!生存者発見!!直ちに保護します!!」
声と光が、降ってきた。
体の上に乗っていた土がなくなる。
「生存者一名!!もう、大丈夫ですよ。」
優しい声に泣きたくなりながら、ここまで生きていられたお礼を言おうと、ずっと触れていた人へ振り返り、固まった。
『生存者一名』
それは自分のこと。
振り返った先に『あった』のは、
首が異常な方向を向き、
干からびて、
片方の脇腹から心臓辺りまでの肉が千切り取られた、
死体、だった。
『ちょっと鉄臭いし』
『ダメになる前に』
『沢山有るんだ』
吐き気を覚えたが、喉元まで逆流したものを無理やり押し戻す。
吐いてはいけない気がした。
目を反らしてはいけない気がした。
だから、ただ、穏やかな死に顔を見ながら意識を手放した――――
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