第一章

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「あれ、橘課長、今日は定時退社ですか?」 帰宅の準備を始める私を見て、部下の一人が不思議そうに声をかけてきた。無理もない、常日頃残業を繰り返す仕事人間の私が、まだ五時にも満たない時間から帰ろうとしているのだから。 私はまだチェックをしていない書類を鞄につめこみながら、「ああ」と気のない返事を返す。 「ちょっと野暮用でな」 「合コンとか?」 「馬鹿、同窓会だ」 したり顔で笑う部下の頭を書類で叩いてやった。 「計算間違えてるぞ。やり直し」 「うわー……、すみません」 「今日中に頼む。それじゃあ、私は先に失礼するよ」 「はい。お疲れさまでした」 立ち上がり、コートを羽織る。暦はもうすぐ春だが、まだまだ上着は手放せない気候だ。 (早く暖かくなってほしいものだな) そんなことを思いながら、私は会社を後にした。 .
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