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ばつが悪くて言葉を濁せば、「まあお前は仕事人間だから」と彼は皮肉ったらしく笑う。
「昔の思い出より現実のほうが大事ってことだろうな」
「………なんだその言いぐさは」
思わずむっと言い返す。確かに、昔の思い出など今さら必要などとは思わない。私は今を生きているのだし、自らの位置を大切にすることが悪いはずがない。だから、そのようにまるで「薄情なやつだ」と当て擦られる筋合いはないだろう。
これは、あくまで考え方の差だ。
じとりとその端正な顔をねめつければ、なんだか彼はその顔を苦虫を噛み潰したように歪ませた。
「………………橘」
そうして突然、唸るように低い声で私を呼ぶものだから、小さな怒りよりも疑念が先に沸いた。
「………なんだ?」
思わず問い返せば、久喜は視線だけを床に落とす。いきなり訪れた沈黙に居心地の悪さを感じていたら、
「山元くーんっ!」
一人の女性が、小走りにこちらにかけよってきた。
久喜ははっと目線を彼女に向け、「小島さん、」と小さく呟いた。どうやら彼女は小島というらしい。
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