馴染めない男

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 終業時間、やはり瀬戸は一人だった。  席が隣接するものは、瀬戸などいない、存在していないとでも言うように彼を「空気」として扱っている。  上司としては、そんな状況を黙認するわけにはいかない、と「以前までは」気を使っていたが、何時しか、上司も瀬戸を気にしなくなった。 「真面目なんだけどねぇ…」  瀬戸を評価するとき、誰もが含みのある言い方をする。  そして今日も瀬戸は一人で帰途についた。  どこかに飲みに行こう、などと声をかける者はいない、空気は空気なのだ。 「………」  瀬戸も空気になりきって、スッと消える。  あの新人OLが気がついたときには、瀬戸はもういなかった。  最初は、面白いヤツと思われたくて騒がしいキャラを演じた。  だが、結局は面白くなかったようで、彼はスベリキャラになった。  後輩ができる頃には、一通りの仕事ができるようになっていたので、多少は先輩風を吹かしてやろう、と思った。  だが、運の悪いことに、この季の後輩は当初から無愛想を決め込み、更に彼より要領がよかった。  無愛想も仕事ができればクールなキャラと見られる。  ならば彼が先輩風なんて吹かせる訳もなく--後輩に追い抜かれるだけの彼は、徐々に空気と化していった。 「お帰りなさいませ」  瀬戸に声をかけたのは、自宅マンションの合成音声だ。  鍵を開けると自動で音が出る仕様になっている。  プライベートで彼に話しかけるのは、この機械ぐらいなのだろうが、今日は違った。
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