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恋愛も仕事も、人生すら中途半端に過ごしてきた。
Let it Ride(ココ)は、そんなあたしが見付けた、唯一の居場所。
それを失うのは、怖い。
新しい何かを探して踏み出す一歩はとてつもなく怖い。
古びた看板のライトに、夏虫たちが群をなす。
表のベンチに腰掛け、蒼く深くなる夜を眺めていた。
春と夏の匂いの混ざった風が、火照る頬を優しく撫でていく。
「……美沙さん、酔った?」
陽の声は、何だか違う意味で酔いを誘うようだ。
「……うぅん。シンさんが鬱陶しいから休憩中」
「マジで」
陽は笑いながら、あたしの隣に腰を下ろした。
「……でも美沙さんて、シンさんと仲良いよね」
「……別に」
店の外は嘘みたいに静かで、遠くを走るバイクのエンジン音さえ鮮明に響いた。
陽の事、何も知らない。
知る必要がなかった。
それなのに隣に座る彼の存在に、こんなにも意識が集中してしまうのはどうしてだろう。
不意に陽の掌が、あたしの頬を包んだ。
「美沙さん、顔真っ赤じゃん」
外灯に透ける陽の薄茶色の髪がキラキラと光って眩し過ぎるから。
きっと。
それにドキドキしているんだ……
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