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ぼんやりと薄曇った春の日。
あたしはスプリングコートの裾を靡かせながら一人、懐かしい通りを歩く。
アーケードを彩る桜並木が優しく枝を揺らして、見上げた頭上を薄紅の花びらが舞うのが見えた。
あの頃は毎日通った道。
見覚えのある店の前を過ぎた時、あたしの心がキュッと音を立てた。
思わず立ち止まってみても、そこには何の想い出もなくて。
ーーー全ては、あたしの記憶の中。
ただ瞳を伏せて歩を進めた。
髪をさらう穏やかな風だけが、季節の流れを知っているのかも知れない。
「いらっしゃい、美沙ちゃん」
馴染みの美容室を訪れると、久しぶりに会う友人が出迎えてくれて。
昔と何ら変わらない笑顔に、安堵感を覚えた。
「俊輔、久しぶり」
彼の背中越しに見える、大きな窓。
その向こうに見え隠れする、先程の見覚えある店。
……ふと脳裏に浮かぶ、古ぼけたあの看板。
この通りを歩くといつだって思い出すのは……
キミの事ーーー……
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