Dear…

3/8
前へ
/242ページ
次へ
――――――――――――――――――――――――― ぼんやりと薄曇った春の日。 あたしはスプリングコートの裾を靡かせながら一人、懐かしい通りを歩く。 アーケードを彩る桜並木が優しく枝を揺らして、見上げた頭上を薄紅の花びらが舞うのが見えた。 あの頃は毎日通った道。 見覚えのある店の前を過ぎた時、あたしの心がキュッと音を立てた。 思わず立ち止まってみても、そこには何の想い出もなくて。 ーーー全ては、あたしの記憶の中。 ただ瞳を伏せて歩を進めた。 髪をさらう穏やかな風だけが、季節の流れを知っているのかも知れない。 「いらっしゃい、美沙ちゃん」 馴染みの美容室を訪れると、久しぶりに会う友人が出迎えてくれて。 昔と何ら変わらない笑顔に、安堵感を覚えた。 「俊輔、久しぶり」 彼の背中越しに見える、大きな窓。 その向こうに見え隠れする、先程の見覚えある店。 ……ふと脳裏に浮かぶ、古ぼけたあの看板。 この通りを歩くといつだって思い出すのは…… キミの事ーーー……
/242ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2286人が本棚に入れています
本棚に追加