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「雨宿り、させてよ」
図々しくも助手席によじ登るそいつはニヤリと口角を上げ、ビショビショの髪を掻きあげた。何言ってんだこいつ。ふざけんな。だとか何とか考えながら溜息。
「あのなあ、何が悲しくて俺が家出少年の面倒見なきゃなんねーんだっつー話だよ。家に帰れガキ」
「ガキガキ言わないでくれる?」
「ガキだろうがクソガキ。いいから降りて家に帰れ。捕まるのは俺だぞ?」
未成年囲って親に因縁つけられちゃ堪らない。つけられなくても俺は今から寝なきゃなんないんだよ、つって、ああもう早くしなきゃ安物の発泡酒が温くなって更にまずくなる。ふざけんな。それこそふざけんな。
そんな俺にガキは財布を上着から取り出し何かを俺に投げつけた。…免許証…?って、こいつ。
「成人してるから、大丈夫」
「…まじかよ」
「おっちゃん、ちょっとでいいから雨宿りさせて。っつーかしばらく匿ってよ」
「ていうか、お前…」
「ん?」
「おん…な?」
「…わかんなかった?」
免許証には、林 千香子としっかりと女の名前。嘘だろ。どっから見ても思春期の男のガキにしか見えない。
千香子は小さく溜息をついて、濡れた上着を脱ぎ捨てた。ずぶ濡れで張り付いたTシャツの下に僅かながらに膨らみが見える。ああ、確かに女だ。
「…尚更帰れ、バカ女。見ず知らずのオッサンに何言ってんだ。犯されるかもしれねえぞ」
「それならそれで。どーぞゴジユウに」
「……お前なあ…」
成人した女が金を遣わずにわざわざずぶ濡れになってあんなとこでうずくまるか?なんて訝しみながらも千香子を見遣る。細く白い腕には赤黒い痣がちらほら見えた。…なんだってんだ、訳ありかよ。
無理矢理降ろそうにも雨は止まないどころか更に激しく車窓を打ち付ける。
「雨が止むまでだからな」
「やだ。私、気に入った。あんたのこと。何なら体で払うから、しばらく面倒見てくんない?」
「バカにしてんのかバカ女。体も歳相応にしてから出直せバカ女」
「言うねー、でも、そういうの」
嫌いじゃない。
温くなった発泡酒をいつの間にか片手に持った千香子が、俺を見てまた笑う。
しばらくは、多めに酒を買わなければならなくなりそうだ。
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