潮風の街に集え

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「ネティ、この人はアヴィドさんっていうの。この街で暮らすにあたってのあたしのママね。それから芸のお師匠さん」 「ど、どうも……ファリ……ん、ファルセットの友人の、ネトシルです……」  半分意識が飛んだように、焦点の甘い目でとりあえず挨拶した。 「で、こちらがえーっと、そういえばあたしも名前訊いてなかったわ。お名前、教えて下さる?」  両手を胸の前に、小首を傾げて上目遣いというポーズで今更ファルセットは名を尋ねる。 何でいちいちこの子はこんなわざとらしい仕草も自然にこなしてやたらめったら可愛いんだろうと思いながら、 「ネトシルの旅の仲間の、エルガーツと言います」  と答えた。アヴィドは「ふぅん……」と小さく声を洩らした。微かに舌なめずりをしたような気がした。 「で、知り合いのよしみで連れてきたの! まだ泊まる所決まってないらしくってね。上の部屋空いてる? とりあえず旅の荷物だけ置いてもらうね! ほら、行くよー!」  アヴィドの返事も求めず、今度は二人の腕を抱え込むようにして引っ張り二階へ上がる。 「お昼まだなの? 市場行く所だったんだよね! お腹減ってるでしょ、わぁー相変わらずネティお腹割れてる~やーんステキー♥」 「さ、触るな!」  騒がしい声が遠ざかる。とはいうものの、それほど広くない「酔いどれ海精」の店内には響いてきている。  愛用の香煙器の火口に火を入れて香油を焚きながら、白い紗のような煙の裏でアヴィドは唇を歪めた。 「あの子がネトシルか……まぁあの感じだと、ちょっと大変そうね」
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