彼の始まり

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父に急き立てられ、気が動転していたのに落胆した。 これから行く島の位置もよく確かめもせずに、数少ない個人ポートの、咄嗟に思いついた場所に来て嫌な目に遭った。 しかも 目的地に向かうための方向も間違えていた。 こちら側からも行けない事はない。理論上は。 だが 小さなセスナの燃料事情から、アジアから太平洋横断より、 祖国に戻るカタチで大西洋を北極寄りから渡って、北アメリカから南アメリカ。 南アメリカから海に浮かぶ諸島で、補給しながらでないとガス切れで墜落してしまう。 アジアはまだ、未知の領域。 同じ治安の悪さでも、幾らか情報が有る南アメリカの方が安全だ。 渡航に必要な貨幣の換金を何処でするか。とか、まるで国際手配されたかのように過敏になっていた。 どの、誰の目も、恐ろしく冷たく感じ信用できない。 平気でされる裏切りと、戦地での殺戮。 そんなものを見てしまった俺は、ヒトというものが恐ろしく、汚いものだと身に染みた。 自分がヒトで在ることに、嫌悪を覚えた。 父は、罪を全てその身に負い俺を守ってくれた。 好き勝手に生きた不肖の息子だというのに。 俺が今、信じられるニンゲンは父だけだ。 その父は、母さんの隣で眠る事を赦されるのだろうか。 人並みの葬儀も、俺が居なくて誰がやるのだろうか。 なんて親不孝だろう。 せめて 父の遺言となった -思い出-を守ることは全うしよう。 俺は、父と母の思い出に埋もれ、人知れず朽ちてゆくんだ。 ニンゲンが嫌になったのなら、それは極上の幸せなのかもしれない。 *
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