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「殿、こちらへ」
周囲に知られてはならない隠密行動の為、憲秀は氏康への挨拶を省略した。
氏康もそれを理解し、黙って憲秀の後に続いていく。
恐らく軍列の正面だと思われる位置まで連れてこられると、憲秀が氏康に会釈をし、一歩引いた。
秀信もそれに従い体を下げる。
すると別の鎧武者が手製であろう質素な床机を氏康の後ろに置いた。
鎧武者はまだ頬面を付けていないため、その顔が良く分かる。
すらりとした顔立ちとあの力強い眼は、秀信も見たことがあった。
軍師、多目元忠である。
元忠は氏康の右横で片膝を付け、淡々と声を口にした。
「ここにいる我が軍は各地に潜伏していた松田憲秀殿、遠山綱景殿、この周防守が率いていた合計千三百程にございます。
さらに、小田原駅城まで進軍する途中にある小田原高等学校城、城山中学校城にて松田康長隊二百、垪和氏続隊三百と合流し、千八百まで膨れると想定しております。
また、殿の仰せの通り小田原駅城は現在手薄にございます故、攻め落とすには好機かと存じます」
元忠が言い終わると、少し間を置いてから氏康が頷き、立ち上がった。
「行くぞ」
「はっ」
重臣たちの重みのある返事が夜の闇に響いた。
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