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本物の鎧を身に付けた大人を駐在所まで運ぶのは到底無理だったため、群衆の中の一人が乗ってきていた車を借りて男を派出所まで運んできた。
群衆は散り、今はここを飛び出る前のように静まり返っている。
橋本は目の前の、ベンチに横たわっている男を見ていた。
年齢は恐らく30歳から40歳。
身長は170cmほどだが、がっしりとした肉体と威厳のある顔つきが体を更に大きく見せている。
兜は被っていない為、男の髪型も現代では考えられないものであることも確認できた。
だだの変装やコスプレではない。
橋本は確信しつつあった。
しかしこの男が本物の武士であることの方が不可思議である。
思考に耽っていると、男の指先がぴくりと動いた。
「大丈夫ですか?」
橋本が男の胸に手を当てながら声を掛ける。
男の鼻から息を吐く音が聞こえるが、目蓋は開かない。
ふと、閉じた目蓋を注視しているときに気づいたのだが、この男の右目の更に右側に、切傷のようなものが見つかった。
そのまま視線を動かすと、男の顔を縫う幾つもの傷が目に入ってきた。全て切傷である。
我々と同じように生活しているだけではこれ程までの傷を負うことはないだろう。
男に対する疑惑が募る度に、雨の湿った音が強くなっていくような気がした。
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