悲劇はその後に来る たぶん緩やかに 選択の余地なく

8/9
前へ
/9ページ
次へ
最後は独り言みたいだった。 ずきっとした。 胸の奥が。 「あなたには、ないんですか?」 「もう、ないわね」 どうして こんなに美しい顔で そんな悲しそうな顔をして こんなことを言うんだろう。 「あとは、失うだけ」 何かを考えたりする暇はなくて 気付いたら 俺は彼女の体を抱き締めていた。 あれ?これまずいんじゃ 「俺……」 「最後の人にして、いい?」 「え?」 静かに、俺の唇に触れる。 そっと離れる。 嘘だろ?こんな…… 心臓がおかしくなりそうだ。 頭の中もぐちゃぐちゃして。 どうしたらいいんだろう? 「口、少し開いて?」 熱く柔らかな舌先が入って来た。 ばちばちと花火が鳴る音が聞こえる。 「キスは上手ね」 囁き声。息が詰まりそう。 冷たい指先が俺の肌を撫でる。 指に、唇に、触れられた場所から熱を放つ。全身へ。熱波がうねる。 息が、上がる。 「いいのよ?我慢しなくて」 体全部を預けて、彼女の上に倒れ込む。 されたように、真似て触る。 「待って……」 手を止められた。 半身を起こし、宥めるように笑って、そっと俺の左腕を引く。 バングルを外された。 「こういうものは外すの。それから……」 俺の両手を見て、中指を口に含み、舌で探るように指先を舐める。 ぞくりと背筋が震える。 「爪を立てちゃだめよ?」 優しく、胸に抱き寄せられる。 「優しくゆっくり、して」 導かれて、探る。 彼女の吐息が、意味を成さない熱く甘い声が、どこに何をすればいいのか教えてくれる。 冷たい指先、熱に浮かされた潤む瞳。 耳元で囁く。 「呼んで?」 「え?」 「呼んで?仁……」 何度も名前を呼ぶ。 そのたび体で彼女は応えてくれた。 いつの間にか眠ったらしい。 気がつくと、イーリスの柔らかな胸の上に頭を乗せていた。 愛しむような手つきで、冷たい指先で、イーリスは俺を撫でている。 こんなに空っぽで、こんなに満たされたことは、今までなかった。 「こうやって抱くのよ。ちゃんと愛せる人を」 「イーリス……俺は……」 「そんな気がしてるだけ」 イーリスは、ぎゅっと俺を抱きくすっと笑った。 「シャワーを浴びて服を着なさい。車を呼んだの。アルバイトは今日でおしまい」 「え?」 「主人が今日の夜、着くの」 「あ……」 「ここは、危険な場所になるわ」 ずいぶんと慌ただしく、イーリスの呼んだ車に押し込められた。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

44人が本棚に入れています
本棚に追加