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悠の通う中学は、須加野市立昭和中学校だ。名前通り昭和初期に建てられ、生徒数は九百人に上るそこそこに大きな学校である。但し、須加野市と同じく特にこれと言った特色も伝統もオリジナリティーも無く、影響力を持った生徒会も、裏で働く陰謀も、土地に巣食う怪異もない。歴史と言う名で味付けされた古臭い校舎位しか売りは無かった。しかしここ数年で漸く名物とも言える存在が現れた。マドンナ的女子生徒『須川奈津美』と、直人も所属する奇天烈なサークルだ。
校門を潜ると、とりあえずサークル室に行くと言う直人と別れ、悠は昇降口に向かった。まだ比較的早い時間帯なので校庭や体育館から運動部の声が聞こえる。帰宅部である悠は多少引け目を感じつつ、黙々と歩を進めた。
ふと直人の言葉を思い出した悠は、無自覚の内に校庭の陸上部へ視線を向けていた。大勢の声が入り混じる中、黒いポニーテールを揺らしながらハードル走を行う奈津美の声だけが、独奏の様に悠の耳を心地よく染み渡った。
アイドル的なその容姿と、オールマイティーに突き抜けた運動能力は、校庭に広がる多くの運動部員に対しかなりの刺激になっており、悠の目にも生徒の士気は普段より何割増か上がって見えた。
走り終えた奈津美に陸上部員が声を掛け、二人で笑い合っている。悠の感覚からすれば、普段から必死に練習をしている自分達と同レベルか、それ以上の結果を軽々と出す存在は許容し難い。しかしそれでも全く嫌味に感じず、逆に励みに感じさせるカリスマを持った人間は稀に存在するものだ。奈津美はその稀有な才覚を持った人間の一人であり、しかもそれに類まれなる容姿と学力、教養も併せ持つ、稀有な中でも更に希少な存在だった。
当然寄せられる好意の数も半端ではないが、不思議と彼女と友人以上になる生徒はいない。それは彼女の趣味にかける熱意が、生半可な相手では火傷では済まされない程に熱いからだ。
彼女が所属しているのは直人や金杉と同じ『非科学現象愛好研究同好会』。所謂オカルト研究会であり、学校非公認の変人集団だ。そのためアイドル以上の存在にはならず、あくまでそのキャラクター性とヴィジュアルを愛されているに過ぎない。もっとも、熱狂的なファンは居るが、独自のルールで直接被害を被ることはない。
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