第2章

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「きさま~!!」  腹の底から煮え立つ感情が、声となって具現化される。  だが、恐怖? 感じない。怒ってくれるなら願ってもない。その安っぽい誇りを傷つけるためにしているのだ。そして 「いいのかな。そんな口しちゃって。手首を返す角度がまだ甘いか。なら、これくらいか」 「あああああ!! 待てわかった。すまん。頼む。許してくれ」  相手が状況を理解して迎合するさまが、どうしようもなく心地良い。  精神衛生上よくはないだろうが、この過程で生まれる優越感は、他にはない独自性の愉悦があって、どうにも癖になる。 「わかった、なら雇ってくれるということでいいのかな。実力は身をもって知ってもらったと思うし」 「強いのはわかった……だが無理だ、あああああああ!!」  折れる寸前にまで手を捻ったせいで、責任者の声が悲鳴に変わった。 「あんたが頑張ればどうにかなるだろ」 「それを決めるのは俺でもなく組合でもない。依頼者だ。人間を護衛に雇うなんてよほど酔狂なやつじゃなきゃあり得ん。  しかも、あんたのその指輪、十指者だろ。緊急時になるとこっちの仕事を放り出すのがわかってるのに、どうして雇用しなきゃならないんだ」  俺は責任者の手を放してやった。もっともな話だ。護衛や守衛の仕事よりも自分の主を重要視するのは間違いない。 「きさま、まさかこのままタダですむとは思ってないだろうな」  一度服従を強いられたせいか、責任者の静かな声が、俺の耳に響いた。激情はなりを潜めていたが、代わりに報復を実行に移したい悪意に満ちていて、単なる怒声よりも暴力の危機を感じさせる。  --だが。 「いいのかよ。人間ごときとやりあって大騒ぎしても。お前等のところの評判が落ちるんじゃないのか。やられるにしても、俺は何人かを道連れにするぜ。それでも、そっちが得することなんてあるのか?」  ないね。個人のメンツのために復讐するにはリスクが大きい。看板を背負って、客をとっているやつらにしてみれば評判は大事だ。  責任者の声が詰まる。落としどころがつかないといったところか。あまり考える暇を与えてはいけない。 「俺も熱くなりすぎた。お互いに悪いところはあったんだ。水に流そうぜ。血を流すよりはいいだろ」
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